書評:「サクリファイス」

自転車やバイクに乗って走ると空気抵抗というものが意外と大きく、人力で漕いでいる自転車の場合は時速20kmあたりからそれを実感することが多いと思います。プロの自転車ロードレースは平地を走るときには時速50-60kmあたりの速度域になるのでさらに影響が大きくなるわけです。プロチーム内では一人のエースを上位でゴールさせるために風よけとなって前を走る選手がいます。彼らは「アシスト」と呼ばれ、エースがパンクを起こせば自分のタイヤを差し出す、チームカーが遅れれば一旦後ろに下がって他の選手のためにボトルを何本も運ぶといった仕事をすることもあります。場合によっては自分のリタイアすら辞さずにエースの為に犠牲(サクリファイス)となる、この本はそんな自転車選手たちの物語。


この紹介や表紙を見ると自転車ロードレースを舞台としたスポーツものという印象を持つかもしれません。そういった側面もあるのですが一番大きな主題は「自転車ロードレースを舞台としたミステリー」です。レース中の死亡事故、過去に選手を半身不随にした事故、チーム内のエースとアシストの立場、ヨーロッパのトップチームにレースでアピールしたい若手選手、これらが絡みあって物語が展開していきます。
スポーツものとしてはレースシーンの迫力ある描写は少なめで、むしろチーム戦術、選手の心理面などを中心に描写されている印象です。
純粋にミステリーとして読んだとしても上質な部類で、特に感心したのは以下の二点。

  • あからさまなミスリーディングだろうと思っていた登場人物の不可解な態度や言動が実に自然で合理的なものであった事
  • 最後に全く予想していない展開がもう一つあった事

ただし必要な情報が全て読者側に開示されている訳ではないので犯人当て(「事件」は起きていないのでこの言い方はおかしいかもしれませんが)のような読み方は難しいかと思います。
この物語はスポーツ小説・ミステリー小説という他にもスポーツ選手の成長物語の面も持ち合わせていて、初見での読後感は青春小説のそれに一番近かった気がします。若者の可能性を感じさせるエンディングは普通の小説として読んだ人もきっと楽しませて満足できるのではないでしょうか。


物語の所々に自転車ロードレースでプロチームが(あるいはチーム間でも)取る作戦が必要以上に説明的にならずに解説されています。ストーリーとリンクしているのでとても理解しやすく自転車レースを見たことがない/見始めてから日が浅い方にはレースの見方を知るという意味でもお薦めできます。
また、この小説を原作とした漫画もあるようです。(タイトルは同じ「サクリファイス」)

サクリファイス

サクリファイス


サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス (新潮文庫)




3年前の本をわざわざ今取り上げたのには理由があります。今年になって続編の「エデン」が出版されたので、「サクリファイス」をもう一度読み返していたわけです。「エデン」の舞台は世界最高峰の自転車ロードレース"ツール・ド・フランス"に移りました。前作とはチーム内外の環境が全く違う状態で主人公の白石誓がレースに出場して…という内容。こちらもある程度自分の中で整理がついた段階で書評を書こうと思っています。
エデン

エデン