書評:「エデン」

先日紹介した「サクリファイス」の続編となる小説です。
書評:「サクリファイス」
舞台は国内の自転車レースから世界最高峰の"ツール・ド・フランス"に移っています。白石誓は前作から引き続き主人公として登場、性格や選手としての役割(アシスト指向)は相変わらず地味めですが魅力的です。
グランツール*1はまさにプロの自転車乗りにとって辛さ楽しさひっくるめて天国(エデン)のようなところでしょう。このような長丁場のレースでは勝負どころ以外のゆったりとしたステージで他チーム同士の選手が流しながら世間話をしたり、逆にある程度の力を認めてもらえていない状態ではプロトン(選手が形作る集団)に歓迎されない*2、など外から見ただけでは分からない選手同士のコミュニケーションがあったりします。そのあたりの人間模様は休養日を含むステージ間も含めて丁寧に書き込まれています。
純然たるスポーツ物として読むとレース中のシーンは前作同様あっさりしていて、チーム戦術・心理面の描写が目立つのが特徴的。舞台がツール・ド・フランスに移ったことで総合優勝を狙いに行く、あるいはスプリント/山岳ポイントを稼ぎに行くなど前作よりも広い視点での戦術が物語の流れにそって解説されています。前作同様、この小説を読んでおくと自転車レースが楽しく見ることができる効能は間違いなくあります。特にステージ制レースで差のつきやすい個人TTと山岳ステージの描写が多いのは自転車レースをよく知っていると感じました。

その他の視点からは、世間の評価を見ているとどうも前作(「サクリファイス」)からは一段落ちるといった向きが多いようです。確かに前作に比べるとミステリーとしての要素はほとんど無くなって一見地味な物語になってしまってはいる部分はあります。しかし、ドーピング・スポンサー問題・チーム解散/移籍など自転車競技の選手にとって現実的に遭遇する問題を離散的にせずに一本のストーリーにまとめ上げている点はもっと評価されても良いと思います。たしかに惜しいと感じる部分もいくつかあって、例えば中盤あたりで主人公がライバルチームのクライマーに違和感を感じる場面、ここの描写が不足している点が顕著でしょうか。終盤にかけての重要シーンがいまいち印象に残らずに読み進める結果、最後の盛り上がりがあまり感じられないという結果に繋がってしまっている気がします。

物語全般としては、いかにも重要そうでいて役割がよく分からない登場人物がいたり、伏線となるような出来事があっても回収・解決されなかったりという点が目立ちます。今回の物語には必要がないものがほとんどなので、続編を意識しての登場人物や伏線なのでしょう。エンディングの展開も主人公の白石誓の一層の成長を予感させるとともに、続編が出そうな展開なので期待したいところです。次の舞台はもしかしてブエルタ・ア・エスパーニャかな、なんて想像もしていたり。

いろいろ書きましたが一つの物語として読んでも水準以上だと思っています。特に自転車競技に興味がある方には前作「サクリファイス」とあわせておすすめです。
それにしても、こんな本を読んでしまうと日本人が特殊ジャージ*3を一瞬でも着てるところを見たいなんて思ってしまいます。贅沢すぎるかもしれませんが、去年のツール・ド・フランスでも別府・新城両選手が頑張っていたので期待することにしましょう。

エデン

エデン

前作にあたる「サクリファイス」。文庫化もされています。

サクリファイス

サクリファイス


サクリファイス (新潮文庫)

サクリファイス (新潮文庫)

*1:自転車プロロードレースで最も権威のあるレースであるツール・ド・フランス/ジロ・デ・イタリア/ブエルタ・ア・エスパーニャ

*2:お互いを風よけとしてかなり接近した状態で走るためにペースについてこられない選手は危険

*3:ツール・ド・フランスではリーダー・山岳賞・スプリント・新人賞の4種