東大の軍事研究禁止がダメルールである理由

はじめに

東大独自ルール「軍事忌避」に反旗 複数の教授ら米軍から研究費 - MSN産経ニュース

このニュースにつけられた東大のルールを擁護する内容のはてブコメントなどを見ると全く見当違いだったりおかしな理解をしている人がほとんど。研究をする側としては結構重大な問題を含んでいるのだが。さらに言えば、ここ数年間東大の研究室と共同研究をしている自分としては全く他人事ではない。

そもそも専守防衛であっても防衛・予防のために軍事研究は必須なのは明確。それを考えれば公共性の強い大学という機関が国民の生命・財産を守るための行動に対し積極的に背を向けるということが許されるとは思わない。ただし、この件に関してはいろいろな思想があることは承知しているので、取り敢えず棚上げする。その上で考えても、問題があるルールであることは間違いなく、研究者にとってはほぼ「百害あって一利なし」の状態だ。その理由は以下のとおり。

 

1. 大学全体としてのルールが明文化されていない

軍事研究の禁止を最近 になって明文化した東京大学 「国家(基本)戦略」を確立し、体系的に戦略を整備せよ:JBpress(日本ビジネスプレス)  

今さらながら、驚かされることがある。東京大学の情報理工学系研究科には、「東京大学は、第2次世界大戦およびそれ以前の不幸な歴史に鑑み、一切の例外なく、軍事研究を禁止する」との内規が存在するようだ。

しかも、つい最近の平成23(2011)年3月に「科学研究ガイドライン」によって定められたもので、軍事研究の禁止を明文化したのは同科だけであるが、従来「他の学部でも共通の理解だ」(東大広報課)というのである(「国民の憲法産経新聞出版、平成25年7月3日)。

情報工学科の内規はここで読める。

http://www.i.u-tokyo.ac.jp/edu/others/pdf/guideline_ja.pdf

一方で全学のガイドラインには捏造などの研究不正に言及されたものがあるだけで、該当するものが(公開されているものの中には)見当たらない。

たとえば 東京大学 [キャンパスマナー・相談]科学研究行動規範

では他学科では全く実効性がないのかというとそうではないようだ。というのも自分と同じ研究分野の先生が「防衛大とは共同研究できないんだよな」「(海外の機関)は軍関係だから一緒にはできないな」という事を言うのを何度か聞いているから。というより、このルールの存在を知っていたのはそれが理由だ。実際に東大の教官にどのように通達されているのかは知らないが、明文化されていない曖昧なルールで行動を縛る・抑制する事の害悪はわざわざ論じるまでもない。

 

2. 対象となる研究が曖昧で明らかでない

「一切の例外なく、軍事研究を禁止する」という文言は一見単純明快に見えて実は何も言ってないに等しい。原子力発電所のような過酷条件下で働くことのできるロボットの研究開発をすれば容易に軍事転用できることは明らかだが、そういった研究は東大では不可能なのだろうか。逆に、放置された対人地雷に対応するための探査技術という名目で敵軍の地雷原を突破するための研究をするなどの逃げ道も簡単に思いつく。

では個々に判断するのか。しかし軍事技術は幅広いので「自分の研究がどんな形でも一切軍事とは関係がない」と言い切れる研究者はほとんどいないはず。実際問題として東大と共同研究をする前提で研究費に応募する場合、どのような研究であれば問い合わせるべきなのかそのガイドラインすら整備されていない。(幸い実施中の共同研究では研究代表者にはなっていないので頭を悩ませたことはない。上司か相手先の先生が苦労されているかもしれないが。)

逆にまともなルールの例を挙げるとするなら外為法の安全保障関連だろうか。軍事転用可(もしくはその可能性)であったり戦略技術が重要度ごとにリストアップされ、取引先機関の国家によって取引禁止や事前承認が必要など異なった対応を求められるようになっている。

 

3. 研究者の萎縮や技術流出を招く

最近話題になった東大発のロボットベンチャー企業について、二名の創始者はDARPA(米国防総省高等研究計画局)主催のコンテストへの参加が大学から認められなかった為に助教の職を辞して起業したとの情報がある。ただし「軍事研究」誌以外の情報源はないようだ。

DARPAロボコンで勝利した日本のヴェンチャー企業が、グーグルに買収された理由 « WIRED.jp

ロボットベンチャー「SCHAFT」設立理由について調べてみた(結論:裏付けは取れなかった) - ka-ka_xyzの日記 

軍事研究 2014年 01月号 [雑誌]

軍事研究 2014年 01月号 [雑誌]

 

個人的には上述のように東大の教官が件のルールをそれなりに意識していることと、競技会開催の発表から一月で会社設立ということから考えあわせて原因の一つにはなっているのではと想像している。あくまでも憶測な上、当事者から実際の経緯が語られることも期待できそうにないが。

ともかく、国からの研究費が減らされる一方の状況で直接軍事転用ができるような研究でなくてもすぐに資金援助が受けられる先が外国の軍事研究関連施設だけというSCHAFT(上記ベンチャー企業)のような事例は増えてくるだろう。そうなってしまえば、大学をやめるか内規に萎縮して研究をやめてしまうという結末しか無い。

結局SCHAFTはその後国内で資金調達ができずにGoogle傘下になったというのも頭の痛い話だが、これはまた別の問題。

 

その他

結局誰が得をするのか

曖昧で実効性がないのに研究依頼側と研究者が共に損をするようなルールがあることに何の意味があるのか。そもそもルールが明文化されていないので、策定された経緯やその元の思想については全くわからない。唯一示されている「第2次世界大戦およびそれ以前の不幸な歴史に鑑み」という言葉からは、研究者の側から見れば万が一戦争が起きた際の大学側の責任回避の姿勢しか見えてこない。あとはある種の思想を持った人が満足するだけだろうか。戦後を引きずった虚しい遺物としか言い様がない。

 

大学が他国の軍に囲われて研究をすることがあるのか

最初に示した記事のはてなブックマークを見ると、例えば「中国にお金をもらって軍事研究をさせられることを想定しているのか」といった内容の噴飯物のコメントがいくつか見られた挙句、それに同意する者もいた。考えるまでもなく安全保障上重要な規定を大学の内規に依存するなんてことがあるわけがない。逆に規定のない大学では北朝鮮から資金提供を受けて研究しても問題ないとでも思っているのだろうか。

他国との取引は外為法によって制限されていて、貨物以外にも情報・技術の提供も対象になっている。当然、安全保障に害があるような研究計画は法律違反になるので通らない。そうでなくても場合によっては経産省への事前申請(一ヶ月以上かかったりする)が必要だったりということがある。正直に言えばここ最近とくに厳しくなってきたので面倒ではある。例えば、知り合いの中国人教授の研究室でセミナー(学会と違ってクローズドな会合とみなされる場合がある)をするだけでも事前に発表内容が論文などで公知であることを示したり発表資料を揃えておく必要がある。ただ、逆に言えば遵守している限り「一般的に見て軍事転用などのおそれがない、もしくは予期できない研究/取引である」事を国が保証してくれるようなものだ。つまり、万が一研究内容が良からぬことに転用されたとしても研究者自身には悪意がなかった事の証明にもなるわけだ。そう考えれば、手続きが面倒ではあっても自らを守るためにはしょうがないとも思える。(その観点から見ても東大のルールは研究者を守るには一切役立たない)

 

おわりに

研究者を萎縮させるという意味では産経新聞が大学が確認中であると返答したにもかかわらずわざわざ報道したのも問題ありと思う。しかしこうなった以上、大学側に回答が求められていくことで、ルール策定自体がどのような目的で、どの程度の覚悟を持って行われたかが明確になることを期待したい。

そもそも「軍事研究」なる言葉は対象が明確で無い以上、該当するかしないかは単なる思想に等しい。こんなものを研究者の行動を制限する根拠にするのは横暴とも言え、産経新聞が書いた「『学問の自由』の制限」というのはあながち外れでもない。

というわけで、一研究者としてはこのようなくだらないルールが一刻も早く撤廃されることを願うばかりだ。